第6回「心を開く」

皆さんは「映画を見たい」と思う瞬間はどういう瞬間だろうか?
テレビで予告編を見て「面白そう」と自分で思った時?
雑誌で映画の評判を見て、「良さそうな映画だな」と感じた時だろうか?


自分が見たいと思ったその映画に、知り合いを誘ってみる時を考えてみる。
まず大抵は「あの人はこの映画を見たいと思う人かどうか」を考えて、好きそうな方を誘う事が多いだろう。


自分は好きでも嫌いでもない映画に知り合いから誘われた、そういう場面を考えてみる。
恐らく、その映画が自分の趣味に合っているかどうかで対応が違うだろう。
それが大きく自分の趣味や趣向と完全に離れていたら。
そのときは断る事が多いのではないか?


実はこの一連の事柄には共通点がある。
それは
「体験するかしないかを選ぶ判断基準が自分の価値観」
であること。
これは映画にも限らず、パーティーとか交流会とかセミナーに関しても同じ事が言えるのではないか?


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原田陽子氏と映画の話をしていた時に、この共通する価値観に気づかされた。
原田陽子氏は、決して自分の趣味で無い映画でも、楽しんで見る事ができるようだ。


「でも、自分の趣味じゃない映画だったら、そこまで面白いとは思わないですよね?」


「薦める人にもよりますが、その人が薦めるからには何か私の知らない"新しいこと"があるはず。その"新しいこと"に触れたときに、"楽しい"気分になれます。それは映画だけでなく、展覧会やコンサートやパーティー、すべてに言えますよ。」


そうして例えば....と様々なお誘いを受けた物事についてお話をいただいた。
内容を聞いてゆく度に、原田陽子氏がどういう風に"楽しい"のかが明確に伝わってきた。
とにかく「楽しんでいる」のだ。
「"新しいこと"を知る」という「楽しみ」に満ち溢れているのだ。
ここまで前向きに物事を考える事ができるのは、本当に聞いている私の気分が良くなる。


「嫌だな、とか気分が乗らない事もあるでしょう?」


「それは行くと決めたときから無いですね。嫌々ながら行くという事は心が閉じてしまって、何も感じられなくなりますよ。」


心を開く。心を閉じる。この事については自分に思い当たる節がある。


心を開いている時は、様々なものを感じる事ができる状態。自分の気持ちが乗っている時であり、その体験が記憶に残る事が多い。
心が閉じている時、つまりあまり気分が乗らない状態で行くと、その体験は自分の中に残らず、いつか忘れてしまう。


原田陽子氏は「心を開いた状態」で物事に相対していると思う。
そして、その物事の面白さや感心させられるところを自然とキャッチして、最大限に楽しんでいるのだろう。


これは特別な物事についてだけではないと思われる。
原田陽子氏は、人と対話をしているときも、この「心を開く」事を実践していると感じる。
人に「心を開いて」接すれば、その人の本質や面白さや素晴らしい事に気づく事ができる。
その人の多くの情報や内容について知ることが出来、円滑な人間関係を構築できるようになるのだろう。


そう考えていた時に、原田陽子氏は


「その面白かった体験を活かす事も楽しみの一つです。」と言う



体験を活かす話については、次回のコラムでお話しすることとしたい。




プロデューサー竹下和宏が語る、原田陽子の流儀 - この記事について

私が「原田陽子」という人物に初めてお会いしたのは、40歳の時。
ある会社でディレクターをしている時だった。

その頃、自分の人生の中で大きな問題があり、それを引きずりながら仕事をしていた。 

気分が晴れないまま、そして、40歳という年齢を迎えても、なりたい自分に、自分が変われないまま過ぎ去って行く日々。

インターネット関連の相談から始まったお付き合いだったが、その「在り方」を知る度に、私は「引き込まれる」、まさにその表現が当てはまった。

「まだまだ、自分は変われてない」、そう感じてはいるが、確実に私自身の人生に大きな影響を与えているのは確かだ。
お会いしてお話をした際に毎回「気づき」があり、それが私に影響を与えている。

「気づき」は一見「メソッド(方法)」のように感じるが、その神髄は「在り方」にあると感じている。

ここに、その「気づき」を記してゆき、「原田陽子」という「在り方」の「本質」を明らかにしてゆければと思う。



フリープロデューサー / ディレクター
竹下和宏