第10回 チャンス

新年になり、気持ちを新たに、2016年をお迎えのこととと思います。
毎月1日のこのコラムを本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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さて、今まで書かせて頂いたコラムのまとめを先月に引き続き、今月も書かせて頂きます。

「人生を愉しく生きる準備」という表題で、「時間」というお話を前回させて頂きました。
今回はそこからもっと踏み込んで、この「時間」が作り出すもう1つの側面について書かせて頂きたい。

効率的に物事をすすめれば、自分にとっての余裕の元である「時間」を作り出せる。
この「時間」は、相手の事に気づいたり、相手を思いやることができる余裕の時間になる。
これは前回のコラムの話だ。

それに加え、この「時間に余裕を持つ事」はもう1つ、「チャンス」を作り出す側面も持っていることを原田陽子氏は常々生徒に伝えている。

時間に余裕が無い時は、様々な物事に気づきにくい。

忙しい中、車で移動していると、例えば、近所のお店が別のお店に変わっている事とか、街路樹の木々の葉が色づき、季節を知らせている事などは感じる事ができないだろう。
あまりに忙しいと、人の話も耳に入らない、そういう事は間々ある事ではないか?
仕事でも、家庭でも、そう感じる事はあると思う。

時間に余裕がある、という事は気持ちが落ち着く。
気持ちが落ち着いていれば、周りの風景や人の話にも耳を傾けられる。
つまり、「気づき」が生まれ、それが「チャンス」になる。

「忙しいあなた」と話をする「だれか」の立場で物事を考えてみる。

忙しい、と様子でわかるあなたに対して
十分に用件を伝えられるか、不安になり、
最悪、今、話をするのをやめて、「次回に....」と考えた時、
さあ、そしてその「次回」はいつになるだろうか?

これは、何かに出会うチャンスを逃している事に他ならない。

ランチを一緒に食べていても、もし、あなたの気持ちに余裕がないのであれば、人はそれに感づく。
そして、話す内容も深まらず、会話を愉しむチャンスを逃す。

心持ちがチャンスを得られるか、そうでないかの鍵を握っている事も沢山ある。
話が続かない状況であれば、一緒にお茶を飲む事も少なくなるだろう。
一緒に観劇や美術館に行く事も少なくなるだろう。
出会いのチャンスを失う事で、人生の幅がかなり違うようになるのではないか?
元々は出会う人で人生が左右されているわけではなく、
人に話をしてもらえる自分であるかどうか、それが人生を大きく左右し、さらにはチャンスを掴む鍵となっていると思われる。

原田陽子氏は、こうした流れの全てを見据えて、様々な事をサロンレッスンでレクチャーする。
ここでも1つ、注意しなければならない。
心に余裕が無いと、レクチャーも耳に入らないのではないか?
だからこそ、原田陽子氏は日頃から声かけをし、気づきを与えているのだろう。
これも原田陽子流の「愛」である。
心に余裕を持ってないと、「愛」は発揮されない。

体現しながらレクチャーをする。
原田陽子氏は常に、愛を持ちながら人生を送っている。きっとこのスタンスは本年も発揮され、原田陽子自身、そして生徒の皆さんも、更に輝きを増すことだろう。




プロデューサー竹下和宏が語る、原田陽子の流儀 - この記事について

私が「原田陽子」という人物に初めてお会いしたのは、40歳の時。
ある会社でディレクターをしている時だった。

その頃、自分の人生の中で大きな問題があり、それを引きずりながら仕事をしていた。 

気分が晴れないまま、そして、40歳という年齢を迎えても、なりたい自分に、自分が変われないまま過ぎ去って行く日々。

インターネット関連の相談から始まったお付き合いだったが、その「在り方」を知る度に、私は「引き込まれる」、まさにその表現が当てはまった。

「まだまだ、自分は変われてない」、そう感じてはいるが、確実に私自身の人生に大きな影響を与えているのは確かだ。
お会いしてお話をした際に毎回「気づき」があり、それが私に影響を与えている。

「気づき」は一見「メソッド(方法)」のように感じるが、その神髄は「在り方」にあると感じている。

ここに、その「気づき」を記してゆき、「原田陽子」という「在り方」の「本質」を明らかにしてゆければと思う。


フリープロデューサー / ディレクター
竹下和宏