第4回 先ずは実物に触れる、という事

私は前も書いたが、よくキャンプに行く。
その中で、選択する道具、そこに私の「見方」というものを感じる事がある。



安物買いの銭失い。




まさにそれだ。




仕事が忙しく、移動も多いので、もっぱら買い物はアマゾンのネット注文。
足りない装備はダイソー(100円ショップ)で買い足すという感じである。
しかし、冷静に、結果的に見ると、じっくりとものを観察し、実際に触れて良いもの購入した方が、快適さや長く持つものかはわかるはず。その方が時間や手間をコスト換算すると、効率的な事も分かっている。




良いものは高い。
高級な物はその所以がある。





よく分かっている。
しかし、物選びに関しては、ネット通販という、時間的に便利な方に頼っている、そういうのが私の現状だ。





その事を考えると、ある原田陽子氏との話を思い出す。




以前、原田氏が、あるジュエリー店の新作発表会に行かれた時の話である。


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私はジュエリーの知識は全くない。光り輝く綺麗なものがそこそこの価格から、高価なものまで、たくさん並んでいることだろう。
それらを見て、すぐに購入するとは思えない。
ジュエリー店の話を聞きながら、私はそうした事を考えていた。
そこで、疑問に思ったので、質問してみた。





「買うと決まって無い時に宝石をたくさん見ると、漠然と見てしまいそうな気がしますが....どんな気持ちで見ているんでしょうか?」




「"買う、買わない"ではなくて、"この中で自分が選ぶとするなら、どれにするか"という気持ちで見ています。」




なるほど。「買う、買わない」という判断の世界ではない。少なくとも初めにはその考えはない、という事だと思う。
言われてみれば、「買う、買わない」という判断を初めに持って来ると、確かに見方がおかしくなりそうだ。
つまり、品物の「値段」や「価値」だけが主体になり、「自分」がそこにいない、そういう世界になりそうだ。




それに自分が目の前にあるその品物を手に入れ、身につけているという想像をすると、確かに楽しいかもしれない。




そこでふと思った。




どういう観点で、"このたくさんの宝石が並んでいる中、自分で選べぶとしたら、どれにするか"を考えるのだろうか?
知識が無ければ、そうそうに選べないだろうし、迷ってしまわないだろうか?




「どんな見方でそれを選ぶんでしょうか?」




と聞いた。




「普段から、いろんなものを見て、触れて、知ると、どれを選ぶか、という事に迷うことはすくなくなります。"この中で自分が選ぶとしたら、どれにするか"を考え、商品に対して疑問に思った事はスタッフに尋ね、それを自分の中で知識や経験として持っておくのです。」




ものをどうやって見ているか、それが重要な事だとわかった。
漠然と見て、何も感じる事なく、その場が終わってしまうと、その時間は非常に勿体ない事になる。
そこに疑問を持ったり、不思議に感じたりして、その理由を聞いてみたりすれば、見るだけより、知識をより深く得る事ができる。




そして何より、そこに「実物」があるのだ。
ジュエリーであれば、あまりお目にかかる事ができない、高級なものがある機会も多いだろう。
高級と言われる「実物」に触れ、疑問に感じ、その知識を得る。
高級なものが何であるか、高級な所以は何か。
それを本当に「感覚」として知るには、その実物を見ながら知る方が、より自然に腑に落ちる。
高級なものがあるなら、それが何であるのか、どんなものであるのか、また、なぜそれだけの価格を付けるに至っているのかを聞かない手はないのだ。




それを考えると、高級なものがある所に、自分で触れに行く事はすごく大事な事だ。




自分がそれを手に入れ、身につけているという想像はより具体的なものとなり、愉しい事だろう。




これを機に、デパートの「世界の時計展」にでも足を運んでみようかという気になってきた。いつかそれを身に着ける時のために。

 

 

 


原田陽子流「丁寧な暮らし」について

原田陽子氏のお話をお聞きする中で、様々な「気づき」があります。それは生活の中における、ちょっとした悩み事や考え方を変える、ヒントになると感じました。

この「原田陽子流 丁寧な暮らし」というコラムを通じて、そうした生活に役立つ考え方、捉え方を記して行く事で、お読みになった様々な方のヒントになれば、と思っております。


書き手:フリープロデューサー / ディレクター
竹下和宏