第10回 管理は心配り

人は生活する為に多くのものを必要としている。

日常の生活で、仕事で、趣味で、様々な側面で必要とされるものを得て、それを持っている。




しかし、人間は管理する範囲に限界がある。

物を持ったが、それを半年、1年と使わなくてそのままにしていたり、

それが溜まりに溜まって、部屋のクローゼットや倉庫の中がいっぱいであったりすることはよく見聞きする。




通常の生活を送る人はそれを使う時間と、それを保管する空間が限られており、それが溢れると生活に支障を来たす。

つまり人には所有する物の量に限界があるのだ。




私はよく、「冷蔵庫」でそれを痛感する。

冷蔵庫は、日頃食べる食品や、料理に使う様々なものを保管している空間。

しかし、しばらくすると、期限切れの食品や、以前に調理したものの残りが、いつのまにか保管されていて、多くの「食べられないもの=使わないもの」のたまり場になりがちではないか。




少々悪くなっていても、捨てるには勿体ないと考えてしまったり、「後で使うだろう...」と考え、一時保管のつもりが、それを忘れて、新しいものを冷蔵庫に入れている事もしばしば。

そう、冷蔵庫の中に何が入っているのか、自分が把握してないのだ。


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私はいつもそのような場面で、原田陽子氏の言葉を思い出す。




「冷蔵庫の管理ができなくて、家族やご自分の管理ができますか?」




という言葉。




意味合いとしては、「冷蔵庫」という家電の中では大きなものではあるが、日常使っている、限られた空間。

それを管理できなくて、自分一人の管理ができるのか?という事だ。

それは引いて、家族一人一人の身体や精神の健康、スケジュール、衣食住に至るまでが管理できるのだろうかという事である。




確かに、それは言える。

私自身、冷蔵庫に何が入っているかが分からない状態で買い物にゆけば、ある物を重複して買ってきてしまう事がある。

何が入っているか、それをいつまでに食すればよいのか。

それが分かっていなければ、多く買いすぎて無駄になる。




自分に何が必要で、どうなっているか。

家庭の主婦においては、家族が何を必要としているか、何を欲しているか。

管理していないと無駄が出てしまい、必要な物が無い、という事になる。




原田陽子氏はこういう事も言っていた。




「家族がテレビの番組やCMを観ていて、美味しそう!と言った一言を聞き逃さず、次のタイミングでそれを食卓に乗せるとすごく喜んでくれる」と。




このお話で考えても、冷蔵庫の管理が出来てないと難しい。

テレビ番組やCMを見た時に、冷蔵庫にあるものか、代用の効くものが無いかと判断するためには、冷蔵庫の中身を把握しておく必要があるからだ。




把握しておく事で、家族の喜びが1つ増える。

これはとても愛に溢れている話だ。

そう感じた。




「冷蔵庫の管理ができなくて、家族やご自分の管理ができますか?」




原田陽子氏の言葉を思い出しながら、冷蔵庫の中身を整理した月末であった。

 

 


原田陽子流「丁寧な暮らし」について

原田陽子氏のお話をお聞きする中で、様々な「気づき」があります。それは生活の中における、ちょっとした悩み事や考え方を変える、ヒントになると感じました。

この「原田陽子流 丁寧な暮らし」というコラムを通じて、そうした生活に役立つ考え方、捉え方を記して行く事で、お読みになった様々な方のヒントになれば、と思っております。


書き手:フリープロデューサー / ディレクター
竹下和宏