第11回「方法」の先の「想い」

モノを使おうとすると、なかなか見つからない。
確かこの前あそこにあったはずなのに....

そんな経験は無いだろうか?


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私は店舗のコンサルタントを行っているが、お店でこういうお話を実は良く聞く。
あるはずのストックがない。
良くある話で言うと、電球が切れた時に...と買っておいたストックがいざという時に見つからない。
で、近くのコンビニに走る。
醤油がない。買っておいたストックが実は無かった。
で、食材業者に慌てて電話する。
意外かもしれないが、お客様を迎える店舗においても、日常、十分に起きる事でもある。

とはいえ、必要なものはチェックしている。確かにお店はチェックしているようだ。
しかし、結果的に必要なものがそこに「無い」事が実質チェック出来てない。
毎回、私は整理をすべき、と指摘するのだが、なかなか改善されないのが実情だ。

さて、それに関連して一般の家庭において良く聞く話。
例えば、家に紙袋が沢山保管されている、という状況。
しかし、いざとなると、その紙袋は使われない。
なぜか、そのまま溜まってゆく。
よく考えれば結構「謎」の行動だ。

その「お店の話」と「紙袋の話」を原田陽子氏にお話したところ、


「それはやはり、空間を管理できてない、という事でしょうね」

前回コラムの「管理は気配り」に通じる。

では、細かい話にはなるが、原田氏は紙袋を保管されてないのか?という質問をさせてもらったところ


「それは使う場面や次に人に渡す事を考えて、選別してとっておきます」


という答えが返ってきた。

私はそこで気づきを得た。

それは、「モノ」と「使う場面」を想像して保管をしている、「心」の部分がある、という事。
整理整頓する様々な方法を、その時に原田陽子氏からお聞きしたが、結局の所、最後に「心」の部分があるのだ。

例えば、紙袋で言えば、人に何らかのものをお渡しする時に使うだろう。
その時に、

その柄を持たせていいのか?
持っていて恥ずかしさを感じるものではないか?
その大きさで良いのか?
大きさが合うものを選んであげないと、不便だろう。

という、相手に対する「想い」があるのだ。

では、そういう事を考えて、その用途に合うものを沢山取っていればいいのではないか?と思う人もいるだろう。
しかし、生活空間は限られている。
家族がいるのであれば、家の空間は様々な用途が必要になる。
そう考えると実質、適切な程度のものを、適切な量、適切な場所に保管する必要が出る。
冒頭で書いた、お店の話も同様に限られた空間を管理する必要があるのだ。

世の中に、整理整頓の考え方とその方法について沢山の「やり方」が紹介されている。
原田陽子氏にも、確かに、方法に関するお話を頂いた。
しかし、その本質は、方法の先にある「人を想う事」ではないだろうか?
方法をなぞるだけではなく、人に対する「想い」がある事で、その結果が変わって来るように感じる。

行動の先に「心」をおいてみよう。

 

 



原田陽子流「丁寧な暮らし」について

原田陽子氏のお話をお聞きする中で、様々な「気づき」があります。それは生活の中における、ちょっとした悩み事や考え方を変える、ヒントになると感じました。

この「原田陽子流 丁寧な暮らし」というコラムを通じて、そうした生活に役立つ考え方、捉え方を記して行く事で、お読みになった様々な方のヒントになれば、と思っております。


書き手:フリープロデューサー / ディレクター
竹下和宏