第16回 人生を愉しむための前後左右の法則

この前、ある番組で「ダビッド・サンズ・リバス」というテニスコーチの話が放送されていた。
この番組、子どもにテニスをコーチするドキュメンタリーですが、かなり頷ける内容で感心の連続だった。


その中での感心した言葉。それは、


「最も愉しめる人が、最も強い。」


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このダビッド・サンズ・リバスというコーチは、子どもにテニスを教える際に、「愉しむ事」を優先して教えているらしい。
例えば、試合して、その感想を聞く時、順位や結果ではなく、「愉しんだかどうか」をまずはじめに尋ねるそうだ。


この放送の内容を見た時、愉しむ事の達人である、原田陽子氏の顔が浮かんだ。


このダビットコーチに似た所がある、そう感じたからだ。


私はキャンプやバイクツーリングを常日頃より行っていて、自分では誰よりも愉しめる様に色々考えている、つもりでいた。


愉しむためには、普通に考えて、準備がいることはわかる。


しかし、私よりももっと愉しんでいる人がいるかもしれない。
そのためにやっている事はなんだろうか?


そこで、冒頭に書いた、ダビッド・サンズ・リバスの事を原田陽子氏に話した上で、愉しむ事の達人である彼女に尋ねてみた。


「物事を、より"愉しむ"事に対して、どんな事を考えていますか?また、どんなことをおこなっていますか?」と。


すると、思わぬ言葉が返ってきた。


「物事を愉しむには、愉しむ時間の準備の"前後"だけではなく、"左右"も重要ですね。」


私はその時にはっとした。
愉しむ時間の"前後"である準備や後片付け。実際、私も実行している。
だが、そこに原田陽子氏の場合、"左右"が含まれていたのだ。


「左右、というのはどういう事を指しているのですか?」


「自分の家族や知り合い、まわりの方の事も考える、という意味です。家族や知り合いに不都合があると自分が気になるかもしれないし、気になっていると楽しめない可能性も出てきます。十分に準備をしてないと周りが良く思わないかもしれない。自分自身が純粋に"愉しむ"ために、周りの様々な事も考えて準備してます。」


なるほど。自分の置かれている社会的環境の中の「左右」である、という事だ。


確かに、大人にとって、自分の事だけではなく、家族の事、仕事の事、そういう「左右」を考える事はあたりまえに感じる。


でも、そこまで深く「左右」の事を突き詰めていないのではないだろうか?
何か物事を「自分が行うため」の準備は非常に具体的だが、実はそこまでで家族や周りを主体にして考えることは無いのではないだろうか?
十分に「左右」を考えて、行動しているだろうか?
原田陽子氏は、出張や旅行に行くときには、なるべく家族に負担をかけないように、洗濯洗剤やシャンプーなどのストック類のチェックは必ずするそうだ。ご主人のアルコールのストックまで揃えて出かけるという。


私もそれなりに、原田陽子氏の言う「左右」は考えていたつもりでいた。
だが、言われてみれば、もっと深く考えれば、更に「左右」に心がける事はあるのではないか?とはたと気づいた。


愉しい時間をもっと愉しくするためには、そういう所も追求して行く、突き抜ける「何か」を感じた。


よく考えて見ると、それは遊びでも仕事でもあてはまる。
仕事が愉しめていないのであれば、それは準備が足りない、それが原因かもしれない。
「前後」の準備は完璧で、自分だけ仕事が出来ていても、「左右」である会社内での連携が出来ず、うまくいかない事もあるのではないだろうか・・・


ただ、愉しいだけではなく、
「最も愉しめる人が、最も強い。」


「前後左右」を心がけてゆくべきだ、そう感じた。

 


 





原田陽子流「丁寧な暮らし」について

原田陽子氏のお話をお聞きする中で、様々な「気づき」があります。それは生活の中における、ちょっとした悩み事や考え方を変える、ヒントになると感じました。


この「原田陽子流 丁寧な暮らし」というコラムを通じて、そうした生活に役立つ考え方、捉え方を記して行く事で、お読みになった様々な方のヒントになれば、と思っております。



書き手:フリープロデューサー / ディレクター
竹下和宏