第21回 心の目を持つ

あけましておめでとうございます。

 

本年もこちらの<ついたちコラム>をどうぞよろしくお願いいたします。


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さて、前回のコラム「心からの気遣い」では、どんな人にも変わらない思い、人として考える道を忘れず、ゆるがない自分を持つ、という事を書かせていただいた。

では、心からの気遣いが出来る人になるには、どのようなことに気を付ければ良いのだろうか・・・

 

気遣いの出来る人は、体験していることが多く、その経験をもとにどのような状況の人に対しても、上手に接することが出来るような気がする。

ただ、体験していないことは想像ができない。

だから、そんな状況に遭遇した時、人は困惑し、言葉を失う。

そして、それが上手に表現できないことになってしまう。

 

体験したはずの事を「憶えていない」事もある。

こうなると同じことを繰り返してしまう。

仕事で何度か繰り返される同じようなミス。

この類の「繰り返される同じ事」は、どうやらこのあたりに原因がありそうだ。

 

こうした話をしている時に、ふと

 

「人に思いを伝えたり出来る、心遣いが出来る、ということは、その状況の心情を記憶としてとどめておき、それを別の機会に表現できる事、ですよね?」

 

と原田陽子氏に尋ねてみた。

 

「そうですね。起こったことをしっかりと見て、受け止め、その事実を記憶しておくことで、どのような状況でも想像したり、把握したりできる。それが心遣いに繋がると思います。同じ状況下に居ても、話ばかりに夢中になって、周りを把握できていなかったり、自分の周りしか目に入っていなくて、ちょっと離れたところで起こっていることなどに気づかない人も多いです。

何事もいつ何時でも、しっかりと見る...ただ、見たり感じたりするのではなく、"心の目を使って、より見て感じる"ということでしょうか。」

 

"見る"ではなく"観る"

"聞く"ではなく"聴く"

 

注意深く、行動や様子を見て、心に焼き付ける事。

それが、原田陽子氏の言う「心の目」なんだろう、そう感じる。


「心の目」で観察し、それをしっかりと記憶に焼き付け、それを人に対して心遣いとして表現する、ということ。
これを繰り返す事で、揺るがない自分が出来上がる、そう気づいた

昨年の自分を振り返ると、様々な方と出会い、お付き合いした。
果たして、その中でどれだけの方を「心の目」をもって見ていただろうか。どれだけの状況をしっかりと把握できていたであろうか。反省することしきりである。

多くの出来事は、私にとって様々な事を考えさせられ、経験にもつながる。
今日からの2018年は、より多くの「心の目」を使う機会を持って、たくさんの方と接していきたいと願う。

 

 


原田陽子流「丁寧な暮らし」について

原田陽子氏のお話をお聞きする中で、様々な「気づき」があります。それは生活の中における、ちょっとした悩み事や考え方を変える、ヒントになると感じました。

この「原田陽子流 丁寧な暮らし」というコラムを通じて、そうした生活に役立つ考え方、捉え方を記して行く事で、お読みになった様々な方のヒントになれば、と思っております。


書き手:フリープロデューサー / ディレクター
竹下和宏